
家を建てるという営みは、人生において数えるほどしか訪れない大きな選択です。
けれど人類の歴史を振り返ってみると、それはほんの、ささいな一瞬の出来事に過ぎません。
現生人類――ホモ・サピエンスが地上に現れてから約30万年。
そのうち、私たちが家という構造物をもって定住するようになったのは、たったの1万年前からのことです。
それ以前、人は風と太陽の動きを感じ、木々の下に身を寄せ、石の窪みに眠って暮らしてきました。
自然の声に耳を澄ましながら、自分の居場所を見つけることが、住まいの原点でした。
それから長い時を経て、建築は制度となり、都市の形を定め、建築が最先端の技術であり総合芸術でもあった時代がありました。
けれど私は思います。
建築の本質は、今も昔も変わらず――
建築とは、人が世界と向き合い、自分の居場所を確かめ直すためのかたちだと思うのです。
日々の暮らしのなかで、誰かの笑い声が響くとき。
柔らかな光が床に落ち、木の香りが時間を包みこむとき。
そうしたささやかな体験の積み重ねのなかに、人は自分の存在を確かめていく。
だから私は、ただ機能的で合理的な住宅をつくりたいのではなく、
人が「生きている」と実感できる住まいを設計したいのです。
そこには詩のようなやさしい余白があってほしい。
風が通り抜け、光がかたちを変え、時間が染み込んでいくような、静かな建築を。
この瞬間は、永遠ではない。
けれど、その一瞬が、遠大な時間の流れとつながっていると感じられること。
私にとっての「建てる」という行為は、一瞬のなかに長い時間を感じさせ、
その土地の記憶と静かに呼応する、かけがえのない営みなのです。